夏休み 2013

どうも、お久し振りです。
 




どうも、ご無沙汰しています。
 





どうも、久々です。






どうも、こんにちは。
 





どうも、こんばんは。
 





どうも、おっす。
 





どうも、おいっす。
 






どうも、ちーっす。
 






どうも、よぉ!!
 












どうも、どうも。
 












・・・。
 













久々のblog、どうも最初の一言がシックリこないのである。。
 










なんだかんだこれが一番いいのかな。
 











はじめまして。
















 さぁ、そんなこんなで久々の方も初めての方もこんにちは。
mojiです。
超元気です。
 



なんか久々に書きたくなったので書きます。

いつぶりだっけ?!
なんかそれさえも思い出せないくらいぶりですね。

近況はというと今は横浜で働いています。
東京と同じ大都会横浜。そろそろ都会の暮らしにも馴れてきたところです。ただ、やはり満員電車だったり、時間に追われる日々だったりと相変わらず苦手で常に頭の中は北海道の大草原だったり、沖縄の青い海だったりと現実逃避をして過ごしています。
 
けれど、そんな大都会の真冬のコンクリート並の冷たさにも耐えて・・・ って、分かりずらい?!


分かりやすくいうとするなら、
 

けれど、そんな大都会に住んでる人の耳たぶくらいの冷たさにも耐えて・・・ って、やっぱ分かりずらい?!


けれど、そんな大都会の自動販売機に売っているギンギンに冷えたコーラのよう・・・
 








まぁ、いいや!!








 そんなこんなで一生懸命夢の為に頑張っています!





ってことで近況はこんなかんじで終わりにして、先日夏休みを取得して大好きな北海道に行た様子をお伝えしようかと。



っていっても今日は久々のパソコンを打つだけでかなり疲労を感じてしまったため、また後日。


またアップします。



一言最後に言うのなら北海道相変わらず最高でした。



まじで。









お久しぶりです。


10月10日です。


萌えの日です。



日本一周日記参照




富良野にいたときの日記です。



てか気付けばもう3年です。


早いなー。光陰矢のごとしだな。


昨夜からなんか一気に秋みたく朝晩冷えてきて思わず今夜今季初の鍋にしてしまったけど、3年前の今日は寒過ぎて眠れなかったみたいだ。さすが北海道。




まぁ時が流れるっていうのはほんとうにあっという間で、いつもいつも過去を振り返る旅驚愕しています。


気付けば今年ももう10月。皆さん知ってか知らずかあと11月と12月の2カ月しかないんです。


最近仕事もようやく一人前(?)の仕事をやらせてもらえるようになり始め嬉しい半面、今今までの下っ端の仕事をやりつつ、上の仕事をしたりと覚えること満載でかなり辛い時期です。


けれど忙しく辛く苦しいけど、いい意味で充実している気がします。



まわりの友達はみんな結婚したと思ったら気付けば子供が産まれ、そしてマイホームまで手に入れ始めました。


高校まで一緒になにも変わらずやってきたはずなのに、今のオレとみんな、どっからどういう風に道が変わったのでしょう。


まぁ多分日本一周したときから明らかに皆とは違う変な道に外れてしまったのでしょうが(笑)


ただその道も舗装された綺麗で走りやすい安全な道ではなく、道はデコボコで途中なくなっていたり、矢印について行ったら落とし穴があったり、美人なネーちゃんがヒッチハイクしていて下心満載で乗せたら美人局にあったりと・・・山あり谷ありの道でした。



けれど、少し人とは違くて安全な道ではないですし、寄り道はしてますが、決して悪い道ではないです。




自分が3年前の今日走った、富良野のあの「ジェットコースターの道」のような。




そんなかんじの高低差ありのなかなか楽しい道だと思います。






落ちるとこまで落ちたらあとは上るだけ。





これからが楽しみです。







半年ぶりブログ

はじめまして。mojiです。


っていやいや、お久しぶりです。オレです。mojiです。




半年ぶり以上です。
まさかここまでブログほったらかしするとは自分自身のことながら思ってもみなかったのでビックリです。



ここ最近はほんとに書いてなくて、毎日書こう書こうと思ってはいたのですが、なかなかパソコンを開く作業がおっくうで。ってじーさんみたいですが・・。



ってか、久しぶりすぎて何から話したらいいのか、そして話さなきゃいけないことがありすぎてとてもまとめきれないのですが・・・





敢えて言うなら






オレ元気です。





(って一言でいえちゃったよ。)






今年から仕事を変え約半年経ち相変わらず悩み苦しみ、けれどどんな仕事だって大変だし楽な仕事なんてないと思っているので、もう頑張るっきゃないのです。




仕事以外では、先日早い夏休みで長野の上高地行って最高に自然に癒されたり、箱根行ったり、築地行ったりとわりと色々動き回ってます。



上高地のことアップしたいのですが最近撮った写真をアップすることが何故かできないので出来たらします(笑)


でも上高地行ったことない人はまじでおススメです!!!!
自然好きな人は絶対行ったほうがいいです!!
それくらい久々に最高でした!!









とりあえず今日のブログはこんなかんじで









生きてる











ってことをお伝えするために久々に書きました。






また近々書きます。




絶対に!!!













(多分・・・。)


あけましておめでとうございます。

2012 あけましておめでとうございます。


昨年は色々とお世話になりました。


気付けばあっという間に年が開けちゃいましたね。


去年は色々と大変な年だったので、今年はいい年になればいいなと思う次第です。




















とかいう文章で始まるブログを書けるのは2週間前までである。


「気付けばあっという間に年が開けちゃいましたね。」とか言っていたが、気付けばその台詞を言おうと思っていたらそれからもうすでに半月もたってしまっているわけで、改めて言わせてほしい。





そして意味なく字を大きくして言わせてほしい。



もう一度言うがただ意味なく言わせてほしい。





















「ときが経つのは本当に、









光陰矢のごとし










である。」



















さて、言いたいことも言えてスッキリしたそんな僕の新年の挨拶もろくに出来なかった言い訳はというと、








もちろん色々忙しかったからである。






って一言でいうとそんなかんじなのだが、本当に色々あったのである。






まず、どこもそうだと思うのだが、まぁ12月がめちゃくちゃ忙しかったわけで、もちろん31日まで仕事で睡眠時間も本当に2〜3時間とかが続いたりしたわけだ。



そんなんだからただでさえ忙しいのに、流行りの風邪をひいてしまったりで、本当に心身ともに余裕がなかったのだ。



その後元日だけ休みだったのだが、なんだかあんまりしっかり休めずそこから1月の7日まで連勤だった。










で、その後僕は会社を退職した。













いきなりだが実はそうなのだ。





僕は退職したのだ。



まぁ詳しい話は書かないが夏くらいから決まっていたのだ。








そして正月休みもろくに取れなかったので、仕事最終日の翌日の8日僕は改めて久々の実家の栃木に帰省したのである。



久々の栃木というのもあり、最近の仕事の疲れというかここ数年の仕事の疲れをどっと癒された。






やっぱ栃木は最高だな。



心地よすぎて気絶しちゃうぜ。















などとふざけて言っていたのですが、まじで気絶しちゃいました。はい。


















夜中トイレに行き用をたそうとした瞬間、急激な目まいと、立ちくらみがして














「ヤバい・・・」
















と思った瞬間、気を失ってしまったみたいなのです。























「ボタボタ・・・」








「ボタボタボタ・・・」







耳元でずっと変な音が鳴っていることに気付き僕は目が覚めた。





気付けばトイレの脇で倒れていたみたいだ。




何分倒れていたか分からないが、栃木の夜のなおかつトイレはとても寒いわけで、軽く震えていた。





倒れたときに手も打ったのだろうか。右手に少し痛みを感じた。






そしてまだそのときは自分が気絶したという事実は理解できていなかったわけだが、とりあえずわけもわからず寝ている状態を立て直そうと思い目を開いたとき、目の前が真っ赤なことに気付いた。







トイレの床が血の池になっていたのだ。













!?















一瞬本当にそんな間があったと思う。





「なにこの血・・・?」




と思い無意識に顔を触ったとき、一瞬で分かった。






大げさな表現かもしれないが、これマジなのです。





右頬の辺りから血がドクドク、ドクドク溢れ出てきているのです。



気絶して起きたとき僕が聞いた「ボトボトボト・・・」という音は頬から床に落ちる血の音だったのだ。







ちょっとこれはまずいと思いたまたま同じく実家に帰省していた姉を起こした。





夜中だったので眠い目をこすりながら迷惑そうに起きた姉に

「ちょっと訳が分からないんことになったんだけど!!」とその説明が一番訳分からないよと言いたくなるような簡潔すぎる説明をし、血が出ている部分を見せた。







その瞬間姉は「うわっ・・・!?」と思いっ切りドン引きしながら傷口から目を背けた。





その姉の反応を見て「え!?やめてくんねー・・・。その引いてる姿に引いてしまう・・・。」と思ってしまった。






そして僕は近くにあった鏡を見たわけだが、思わず納得してしまった。







こりゃ姉も寝起きに見せられたら引くは。






だって右頬の部分が骨近くまでバックリ切れていて、皮がびろーんとなってんだ。








僕も見た瞬間引いたし。















まいったね・・・。
















けれどもその後はオレはこんな状態でも病院嫌いということもあってダダこねていたのだが、姉の勧めもあり夜中の救急病棟に行った。




そしてやっぱり自然にくっつくわけなく、結局7針縫ったのである。









いや、でも本当に笑っちゃうくらい漫画のヤンキーみたいな、






「悪の象徴」みたいな頬の傷なのだ(-_-メ)







友達の皆に「はくがついたじゃん!!」と言われたが正直そんなものはいらないのである。












改めてまいったね・・。














お嫁にいけねー!!













そして病院から帰り、改めて現場のトイレに行ってみるとそこには血と思いっきり割れている花瓶の破片が転がっていた。




そのときようやく倒れたときなにがあったかがなんとなくわかった。







多分僕は真っ直ぐ棒のように前に倒れてしまい、たまたま窓のとこに置いてあった花瓶に顔から突っ込み割ってしまったのだと思う。





気を失っていたし痛みもなかったのだが、本当に恐怖な出来事である。





けれど本当に不幸中の幸いなのが、目を切らなくて良かったことである。



あと本当に1〜2センチの差だが目を切っていたら多分失明だろうし、そういった意味では運が良かったと思うのである。






けどあとあと気付いたのだが、もしかしたら去年の僕だったら失明していたかもなのだ!!



これまじで!!







何故かというと以前ブログでも書いたが僕は高校生のころから変わらなかった身長が何故か去年一年間で1センチ伸びたのだ!!



もし1センチ小さい去年の僕だったら目から確実にいっていたはず。




これは偶然ではなく、未来を予測した僕自身が目の怪我を回避するために身長を伸ばしたのでは・・・。







偶然ではなく必然・・・。







さすがMOJI・・・。







先日検診で病院に行ったとき医者にその奇跡の話をしたら、























「 (・。・) 」













と↑ポカーンとこんな顔された。







これだから医者は嫌になっちゃうぜ。













さてさて新年早々そんな頬に怪我を負って人相が悪くなった僕の2012。



もちろんさっそく動いてます。








もちろん次のステージも高く険しいですが、向上心持ってまだまだ頑張ります。








ではでは改めまして今年もよろしくお願いします。






タビ

この間社員旅行にいってきた。


何故か今年も山梨に行ったんだが、その山梨の風景をバスの車窓から眺めているとき日本一周の旅に出た当初や出る前のことをふと思いした。



別に旅中思い出に残った場所に行ったわけではない。



寄ってはいないが、日本一周中に関係するといえば車窓から道の駅なるさわが見えたくらい。







ただそれだけ。



ただそれだけだ。








けれども少しだけ、旅当初のことを思い出した。










なんだか、思い出と言うのは不思議だ。



誰でもなく、自分がやったことや、見てきたものが記憶となっているのに、何故か時間がたつとオレの、オレだけの記憶なのにまったく違う目線でその記憶を見ていたりする時がある。



自分自身のことなにに気付けば他人目線の記憶を見るようになり、そしてそっと気付かないうちに忘れてしまうのだろう。










二年前の今日僕は日本一周の旅から帰ってきた。



約7ヶ月間というとても「濃い」、けれども「あっという間」の旅だった。



色々な人に出会った旅だった。色々なものも食べた旅だった。色々な経験もした旅だった。



でも良いことばかりではなく、当初慣れるまでは孤独との戦いの旅だった。逆に前半は何も食べない空腹との戦いの旅だった。そのせいで目に入るすべての試食とか食べまくって鹿児島で食中毒に侵される旅だった。








でもそれもこれも、すべて僕の日本一周の旅だ。







今ではその辛かったこともすべて良い思い出になりつつあるが、僕にとっては今でもこれからも、とても大事な大事な思い出。






旅から帰ってきた時も、あっという間だったな。と思っていたが今はその日から2年もたつ。



だけれども寂しいものでもっとあっという間に少しづつ少しづつ、あのときの思い出も消えていくのだろう。




そして今回みたいにふっと何かのきっかけで思い出すのだろう。












今冒頭でも書いたが旅出る前や出た当初のことを思い出した。





旅に出る前一生懸命、今すぐ旅したい欲求を、日本一周の先輩のリアルタイム日記を見たりして、押さえていたあの日。



けれどもその日記を見ることによって余計今すぐ旅したい欲求に駆られていたあの日。




たいして家具もない無機質な僕の部屋で先輩の日本一周日記を見ていると自分もそこに行っているかのような気分になれ毎日毎日、その無機質な部屋でドキドキしていた。





しかし、もちろん旅出る前「日本一周するぞ!!」って自分のなかで意気込んでいたのだが、実際出る前は前日まで「おれ、本当に日本一周するの?日本一周出来るの?」って疑心暗鬼だったのを覚えている。



やる前ってなんでだか、めちゃくちゃ壁が高く見える。
けれどなんでもそうだが、いざ登ってみると夢中になって意外に登れてしまうものだ。







旅も同じ。





出発前夜、眠れず布団の中で明日から「冒険」がはじまるとドキドキしていた。







僕も先輩から色々情報を頂いた。




逆に僕の日記を見て「日本一周したい」と思ってくれればなーとよく思っていた。









人から人へ紡ぐ。
















今日久しぶりに利尻の昆布バイトでお世話になった父さん母さんに電話してみた。


久しぶりに聞く声でとても懐かしかった。


けれど相変わらず父さんの言葉の8割以上はナニ言っているかワカラナカッタ。




よくそんななか1カ月以上もひとつ屋根の下で楽しく暮らせていけてたなーと思う。





でもお元気そうでなによりだった。









旅中に出会った人は皆今何処にいるのだろう。



今何をしているのだろう。




皆さん元気にしているのだろうか。







なんだかとても会いたくなった。

















いろんなことを思い出した、今日11月14日。








僕は元気です。




竹とろくろと嘘つきと

先日鎌倉にぶらりとレンタカー借りて行ってきた。



こっち(東京)に引っ越してきてから、たまーにレンタカー借りてドライブするのだが、何故かいつも鎌倉。


多分東京から日帰りで行けて、遊ぶとこや湘南や江の島といった観光スポットにも近いのでちょうどいい場所でもあったりするのだろう。



そんで、今までにまぁ有名な大仏みたり、江の島行ったり長谷寺行ったりしてたんだけど、こないだ、報告寺ってとこに行ったんさ。



そこがかなりよかったんさ。


報国寺になにがあるかっていうと、竹林がある。



いや、竹しかねぇ。




と、報国寺好きな人には怒られそうだが(オレも好きだ!!)まぁ竹の印象が強いんさ。


それで、一番奥にはその竹林を見ながら、抹茶が飲めちゃったりしちゃったりしてと、日本大好きな外国人でなくても、多分誰もが心癒されて好きになること間違いなしのところだった。



鎌倉に行った際はぜひお勧めのスポットです。










それと昨日代官山に陶芸しに行きました。


初めてろくろ回しちゃいました。


まぁ難しかった。


こないだ沖縄行った際に琉球グラス買ったから焼酎や泡盛とかは飲む、グラス持っているんだけど、日本酒飲むときにおちょこととっくりあたらいいなぁ、と以前から思っていたのでそれをつくることにした。


先生のスパルタな教えに屈することなく、かといって某映画の有名シーンみたく後ろから手取り足とり教えてくれるわけでもなく、まぁ初めてのろくろ体験だったってのもあり難しかった。



おちょこと、とっくりが難しかったのか、はたまた僕の陶芸センスがないのか分からないがあまり先生に褒められず、泣きながらクルクルやってたのだ。


けれど、最後のほうもうその陶芸教室の営業時間(?)も終わりに近づきだし、僕は最後になってしまった。


そしたらあんなに褒めなかった先生が「おーいいねぇ」「上手、上手!!」と急に人が変わったかのように褒めだしたのだ。



なんだ?なんだ?と思いながらやはり僕は褒められて伸びるわけで、褒められたら調子に乗っちゃうわけで、何故か純なわけで。



でも今思えばあれは完全に早く終わりにさせようという、先生の魂胆だったに違いない。



だって、目の前でよーく見て「うん、上手!!」って言われるならまだしも、2〜3メートル遠いとこから他の閉めの作業しながら横目で「完璧、完璧。」と言われたのだ。



超適当。



その時はもちろん褒められたから嬉しくなって「よっしゃ!!終わり!!」って終わりにしちゃったんだけど、後々よく見たら笑っちゃうくらいいびつなんさ。




全然完璧じゃないんさ。




あれの何処を見て「完璧」といったんだろう。



まぁもちうろんそんな遅くまでやって迷惑かけるわけにはいかないので、そのまま完成ということにしたわけです。




出来上がりはちょうど一ヶ月後。



はたして、完成後の姿はいかがなものかとても楽しみである。







(報国寺やろくろの写真写メでしか撮っていなくて本当は載せたかったのだが、何故か載せられないので今回残念ながら画像なしです・・・。)

夏の思い出

どうも。


いきなりですが28歳で身長が1センチ伸びました僕です。






身長は175です。







と、ずっと言っていました。


でも実際は174.5センチでした。


すみません。



ごめんなさい。




申し訳ございません。





はい、サバよんでました。






だって174・5はもう175でしょ。




0.5センチの差なんて一緒みたいなもんでしょ。





174・5っていうより175って言ったほうのがなんかいいでしょ。



175のが四捨五入すれば180だし。


背伸びしたいじゃん、背丈の問題だけに。




そんなかんじでもうここ数年何回計っていても174・5センチという数字以外見ることなくなったわけですが、この夏に会社の健康診断で計ったとき175.5センチに伸びていたことを知りました。


何年もずっと一緒だし、変わることないと思っいるので、無駄な努力と知っていながら、身長を伸ばそうと訳の分らぬ努力をしてみたり、少しかかとを上げて看護婦さんに注意されてみるといった行為をまったくせず普通に計ったのですが、1センチ伸びてました。


今更なんでだよ、と思いますが、まだまだ成長するということはいいことだと思います。







さてさて、そんな175に大きくなった男はこのあいだ友達と北海道に行ってきました。



その友達とはこのブログでも紹介したことあると思いますが、去年チャリで北海道を一周したやつで、僕も旅中北海道という場所は特に思い入れがある場所で、なかなか濃い旅行が出来たと思います。


けれども、今回は自由気ままな旅ではなく、日にちだったり行く場所だったり、いろいろ縛りがある旅行で、思う存分北海道を楽しめたかといえばそうではなかった気がします。



それでも2年前はずっと一人で旅をして、ずっと一人で景色を見てきました。



ですが今回は、気心知れた友達と一緒に見た景色。2年前見た同じ景色ですが、一人で見る景色と気心知れたやつと見る景色ではまったく違う景色に見えてしまったりと、やはりそのときの環境で変化するんだなと改めて思いました。



ちなみに行った場所は、新千歳空港から支笏湖や羊蹄山見て、その日は札幌。翌日、余市の柿崎食堂で懐かしの激安イクラ丼を食べ、思い出の地神威岬を堪能して函館に行きました。そして二泊三日だったので、最終日は恵山行き函館観光して帰りました。



それとこの旅行で一番大きな大きな出来事は、二泊目の函館の夜、あの2年前にも行ったBAR山下に行ったことです。



2年前、明日もまた来てと言われ、翌日予約していた青森行きのフェリーをキャンセルしてまで函館にいようと思うほど楽しく酔わせてくれた、山下のギネス。


しかし、明日も絶対また来ると言いながら、結局会えば会うほど別れが辛くなることを思い、本当に考えに考えた末、何も連絡しないまま黙って予定どうり北海道函館を去ったあの日。


僕の日本一周のとても辛く思い出に残った旅中の出来事でした。








その山下に今回せっかく北海道に行くというのもあり行くことにしました。一切連絡をせずに(笑)。



するとやはり僕は運がいいのか、なんとたまたま2年前と同じ顔ぶれのオーナーさんとスタッフさんがそこにはいました。


最初何も言わずに店に入ったのですが、その時はまったく忘れ去られていましたが、「実は2年前に一度ここにきたことあります・・・」と言うとすぐに思い出してくれて、向こうもとても懐かしかったらしく、思い出話に花を咲かせました。


僕が座っていた席まで覚えていてくれて、そこまで印象強く覚えていてくれたことにとても嬉しかったです。



けれど、とても変わったと言われました。




どう変わったの?と聞くと、なんか綺麗になったと言われました。





旅中わりと気を使っていたほうでしたが、やはり一般人からすると旅人の僕は








汚かった







らしいです・・・。





まぁ旅人に見られていて今思えばよかったのですが・・。





まぁそんなこんなで2年ぶりに会って飲む酒は格別でとても最高な夜を過ごせました。




そーいえばこのとき友達は先にホテルに帰ったんですが、友達はそっこう爆睡してしまい、僕が戻ってきてナニやっても起きず、しかも内側からチェーンをしてしまい、ホテルの従業員さんを巻き込んでの大がかりのピッキングをしたりするなど迷惑をかけてしまいました。


しかも夜中の3時過ぎに・・・。






それでも久々に訪れる北海道。



やはり最高で、何度行ってもまたきたいと思わせる場所でした。







そーいえばその数日後に今度は沖縄にも行きました。



沖縄の話もしようかと思いまいたが、めんどくさくなったのでやめときます(笑)




沖縄は海が気持ちよかったです。




さて、もう季節はあと数日で10月。








気付けば秋らしい気候に変わってきました。



ブログにはあまり書いていませんが、この夏はほんと色々なとこに行ったり、色々なことをしましたが、それでもこの季節になると、またどっかに行きたくなるのです。



やはり僕はそういう人なのでしょう。



いつになっても、どんな時期でも旅虫がうずきます。

ボランティアに参加して

前回のブログでも書きましたが、7月の後半宮城の石巻にボランティアに行ってきました。



2年前自分が見て走ってきて、少なからずお世話になった東北。


なにかしなきゃとずっと思い、「被災地でボランティア」という単純な頭が考え付いたことだけど、本当に行ってよかったと思いました。




最初僕は単独で現地まで行ってボランティアしようと思ったのですが、実際当てもなく乗りこんでも向こう行ったら逆に迷惑になると思い、色々調べたら、そういったボランティアをしたい!でもどーやってボランティアに参加していいか分からないという人のためにこっちからバスを出したり、そーいった団体が出ていることを知り参加することにしました。



たまたま僕は休みが決まっていたためその中で行って帰ってこれるところを調べたら一つしかなく選ばずある団体に参加させて行くことにしました。


その僕が参加することになった団体とはもともとこっちでボランティアをやっているNPO法人で考え方や、やっていることがしっかりしていて本当にこのボランティア団体に参加してよかったなと思いました。






集合は夜の10時に秋葉原で仕事後僕はダッシュで横浜から向かいました。



集合場所に着くともうほとんど参加するメンバーであろう人たちがいて、皆自分のバッグや持ち物にガムテープに名前書いて貼っていました。


これから一緒にボランティア活動するといえど、まだまだ何も知らない人たち。


ぎこちなさ満開のままバスはいざ石巻に向けて出発しました。



集合したときは夜だったので、バス乗ったら、とにかく明日のために一秒でも早く寝て体力温存してくださいということで、バスの中は真っ暗で横にいる人の顔もまともに見ずみんな静かにとにかく寝ることだけに集中しました。




僕は朝早くから仕事やってきたので、かなり身体は疲れているはずなのにボランティア初体験と言う緊張や興奮ですぐに寝付くことが出来ず夜の高速道路の流れる景色をずっと見てました。




朝方現地に入る前の最後の休憩地点となる道の駅上品の郷につき各自眠い目をこすりながら必要な水や食料を買い出しました。


この道の駅は通常の道の駅の施設はもちろん温泉や隣にコンビニもあるため、道の駅を散々見てきた僕としてはなかなかいい道の駅だったと思います。


そして僕は買い物が終わりバスに戻りもう一度眠ることにしました。




それから何分くらいバスは走ったのでしょう。



あるときふっと目が覚め、何気なく僕は外を見ました。





そしたら景色が一変してました。




テレビで報道されている景色が目の前に広がっていました。





このボランティアに参加するとき、ボランティアの手引きみたいなものをもらい、その中に心得というのもあり、「報道されている通りもしくはそれ以上に現地は深刻であり、みなさまの想像を超えることになるかもしれません。スタッフを含め私たち参加者全員が少なかれ精神的なショックを受けることになるでしょう。」と書いてありました。




まさにそのとおりでした。



テレビでみたことある映像だけれども、実際に自分の目で見る被災地は悲惨でリアルでした。





津波で一面がさら地になり、家の基礎だけが残り、運よく家が残ってもぐっしゃぐしゃ。
ぶっ壊れた橋や、無残に潰れた小学校と破壊的な町並みは想像を絶してました。





さっきまで皆寝ていたのに、気付けば全員起きていて、東京ではありえない景色に全員言葉を失っていました。





なんていうか本当に目に映るすべてのものが衝撃的でショックでした。

















そして僕らが活動する場所につき、まず一番最初にやったことは、津波がもしきたときのための避難の場所の確認でした。


もうこないとは限らない。


つい僕が出発する数日前も震度5〜6クラスの余震が立て続けに起きてました。



もしかしたら、僕らが活動中にまた大きな地震、そして津波がくるかもしれない。



その説明を受けて改めて僕は今現地にいるのだとかんじました。










僕らは活動内容は山の裾の沢のまわりのがれきなどを撤去することです。




けどそんな山のほうまで津波は押し寄せていたらしく、がれきや漁具、家の屋根や鉄筋、ましてや木の上にボロボロの自転車が引っ掛かっていたりと信じられないものが次から次へと出てきました。



足元を見ると釘やガラスだらけで、踏み抜き防止の長靴は必ず履いてきてと書いてあった意味が分かりました。




僕だけではなく皆無我夢中でとにかく目の前にある大量のがれきを拾いました。



ようやく慣れた午後3時ごろ、今日の活動の締め作業をしようとしていたとき、いきなり大雨が降り中途半端なかたちで初日に作業が中止になってしまいました。



泣く泣く僕らはその日の作業を終了し、宿泊地に向かいました。その宿泊地とは実際今でも避難している人がいる今は営業していない避難所の温泉に泊まらせてもらいました。




山の中にあり、津波の被害は受けなかったのですが、営業できる状態ではなく、今はそーやって受け入れをしているみたいなのです。



その日の夜は今回このボランティアに参加した人たちと色々話、とても有意義な夜になりました。







作業二日目は色々あり僕ら数人昨日の沢ではなく個人宅の手伝いをさせてもらうことになりました。


ものすごい立派な家でどーやら、おばーちゃん一人で住んでいて、どーしても2階からものを取ってきてきてほしいということでした。



実はそのおばーちゃんは今は避難所暮らしで、3月11日以来恐くて一度も2階に上がっていないそうです。



そんなとこに僕らが入っていいのかと聞いたのだが「お願いします」ということなので、家のなかに入らせてもらいました。


実際外から見るその家の風景も衝撃的なのですが、中も被惨でした。


2階の壁にちょうど僕の背よりちょっと上くらいの高さのとこに不自然な線がはいっていて、実はそこまで津波で埋まってしまったらしいです。



だからその部屋は子供部屋だったと思うのですが、子供机や2段ベッドや畳などがぐっしゃぐっしゃになっていました。


多分プール状態になってしまったんだと思います。




衣装ケースをどかすと、中から海水がでてきたりと、本当にその「当時」のままでした。









その日も無我夢中でやっていましたが、あっと言う間に終了時間。




本当に不完全燃焼でした。



手引きにも書いてあったし、皆でも話したのですが、みんな「もっとやりたい」という気持ちでいっぱいでした。






でもそれが危険らしいのです。





正直たった数日で復興なんてできるはずもないのです。




人間きりがいいとこまで作業したくなりますが、数日しかいないボランティア活動にそうそうきりがいいところなんてないのです。



でも終わらせなければいけない。




でもどう終わらせるか!?




ボランティアで熱くなった気持ちを、今回参加したメンバーで話あったり、または帰って家族や友人などにこの状況を話したりとクールダウンさせることが大事なんだと思います。









「もう潰しちゃうから全然構わない」というので、最後にその家の写真を撮らせてもらいました。


気さくなおばあちゃんでとても被害にあったとは思えなかったです。



でもやはり余震には怯えているらしく、作業中もいきなり、「あっ、地震!!」と言ってきました。


ボランティアのスタッフも言っていたのですが、地震がくるときは山が「ゴゴゴ・・・」となるらしーのです。


でも結局それは地震ではなく、ただの車の音でした。


ここに書くと「なんだそれ」という話ですが、実際車の音ひとつで、地震と勘違いして身構えてしまう毎日をあれからずっと続けている。



本当に僕らには想像を絶する、恐怖と、不安、そしてストレスがあるのだと感じました。







最後僕は二日目はやらなかったですが、他のみんなはずっとやっていたあの初日活動した沢を見ました。




でもその沢はくる前とは明らかに変わっていて、たった二日ですがものすごく綺麗になっていてビックリしました。





僕らはこのボランティアの第7期メンバーだったのですが、その数日後に第8期メンバーがまた出発したみたいで、僕らの続きから作業を開始したみたいです。





一日ではすべて綺麗にはならない。けれどこの繰り返しでいつかは元の状態に戻る。



そう思うと僕らが活動した数日でも無駄じゃないんだなと思いました。





最後にボランティアスタッフのリーダーの人が言っていたのですが、震災直後は本当にもっとひどかったらしいです。



信じられないですが今はまだよくなったそうみたいなのです。




そのリーダーがいわく一番感動したのが、僕らがやった沢ではないのですが、最初に綺麗にした沢があり、そこにこのあいだ何処からともなくホタルが数匹飛んでいるのを見つけたそうです。



これには皆泣きそうなくらい感動したと言っていました。












このボランティアのことブログで書こう書こう思っていたのですが、なかなか忙しくて気付けば1ヶ月以上くらい経ってしまいました。






なんていうか、今回このブログはそのボランティアの流れを書いただけです。



いつもみたく自分の気持ちを書いたりとかはあえてあまり書きませんでした。



ではなぜ書かなかったというと、正直書けませんでした。



なんて書いていいか分からない。それくらい衝撃的でした。







1ヶ月くらい経ってようやく落ち着いてきましたが、正直被災地を生で見たあの衝撃はなかなか忘れることはできません。




いや、忘れてはいけないことなのでしょう。





こっちにいるともうあの地震は過去の話になっている気がします。






話やニュースも少しずつ減ってきています。






やっていることといえば節電くらい。







ただその節電もなんのためにやっているか、忘れられているような気がします。






けれどまだまだ向こうは、今こうしているときにでも戦っています。





忘れられない、いや、忘れてはいけない。




今回本当にボランティアのに参加してよかったです。
















この夏の予定

いっつも、いっつも言っていて、ひつこいんだか、懐かしいんだか分からないけど、久しぶりにパソコンを開いたのでブログを書くことにします。



っていうか、最近はブログを書く時しかパソコン開かないです。




今年の梅雨はあっという間に終わり、暑い暑い夏がいつもの如くやってきました。




いつもと違うのは節電などで、どこも空調を抑えている気がして、やはりそれのせいかいつもより暑く感じます。



そんな今年の夏は僕は東京に出てきて2年目の夏。



去年は一年仕事を頑張ると決めたので、夏の甲子園を見に関西にふらっと行っただけで、他は対してどこも行かず関東を一度しか出ずに終わりました。



その反動か今年の夏はめまぐるしいほど動く予定です。



旅以外も楽しそうな予定をけっこうぶっ込んでいます。




まず過ぎてしまった予定ですが、友人みんなで千葉のほうにキャンプに行きました。



2年前北海道の礼文でキャンプ生活をしていたことを思い出し、この春に友達に「キャンプしようぜ!!」と言ったことから始まり気付けば、僕もそこで初めて会う人も含め10人以上の楽しいキャンプになりました。



バーベキューしたり、酒飲んだり、野球やったり、スイカ割りやったり、ドライブで高原行ったりと、一人では味わえない楽しいキャンプが出来ました。



そのあとは、2年前北海道の利尻島で昆布干しのバイトをしたときに共に汗水流して働いた、バイト仲間と再会しました。


2年たつと意外に変わっているような、まったく変わっていないような変な感覚に陥ります。


けれど、2年前はまったく何もない、北海道の離島で2時から仕事ををして、20時、21時には寝ていた不思議な体験をしていた仲間と、大都会東京で会ったのはとても不思議な感覚になりました。


一人がお世話になった昆布の親方に暑中見舞いを送ろうと言い、皆で一言書きながら手紙を送ったりしました。



たった数日しかあっていなかったのに、ここまで気を使わずに話したりできるのは、それほどあの数日が濃い数日だったということなのでしょうか。




また行きたいです。利尻島。





そして今年の8月は本当はねぶたに行くつもりでした。



どうしてもねぶたで跳ねたい!!という気持ちがあったので、行く気満々でした。



けれど一緒に行くはずだった友との予定が合わず、なくなく断念・・・。



ねぶたで跳ねたかったのに・・・。



とても残念でした。



だからねぶたで跳ねることが出来なくなった僕らは悔しくなり、その悔しさをバネにもう一歩足を伸ばして北海道の函館に行くことにしました。



ねぶた無理だから北海道行く。って単純ですけど・・・。



函館は日本一周して一番好きな街だし、会いたい人や飲みたい酒がある。



でも多分2泊3日なので、多分函館から出ない予定です。



何故かというと北海道は旅をして2泊3日なんかで弾丸ツアーで行くものではないとかんじたからです。


ほんとに、わざわざ函館まで友達と飲みに行くようなもんです。



近くの駅前の居酒屋で飲めって話ですが・・・。




そして、九月は多分沖縄に行きます。



8、9月と北へ南へと大忙しです。





そしてもうひとつ、何故か今月末謎の3連休があるのです。



せっかくの三連休だし、何処かに行かないともったいない気がして、ずっと何処に行こうか悩んでました。



本当だったら、今年は行ったことない世界遺産の屋久島か、沖縄の波照間、与那国に行くつもりでした。



だけど、屋久島は唯一の行ったことない世界遺産だったのですが、先日小笠原も世界遺産登録になったし、行ったことない世界遺産が増えてしまって、焦っていく必要ないと思ってしまったのです。


波照間与那国も、沖縄行くし(波照間与那国は行かない)二度も沖縄いかなくても・・・とこれまた思ってしまったわけです。




では何処行くか!?何するか!?



いい案がなくずっと決まらなかったのですが、ようやく先日決まりました。



一度行きたいとこが見つかった瞬間もうその場所に行くことしか考えられなくなりました。


急きょだったのでなかなか予定が合わなくて大変でしたが、どーにかギリギリ参加できることになりました。



では今月末何処に行くかと言うと、





宮城県石巻市にボランティアに行ってきます。


先日テレビでGWを境にボランティアの数が下降気味とやっていました。



一瞬の力も大事だけど、息の長い力を。


ずっと何かしなければ、僕に何か出来ないのか!?



「被災地にボランティア」



単純な頭が考え付いた計画だが、なかなかいい計画だと僕自身思っている。




僕が行ってたいして街がいきなり復興するわけではないが、自分が2年前走った街の助けになるのなら。




たった三日間で大したことなんて出来るわけないが、それでも何かをしたい。





今行く場所。今やるべきこと。





26日から3日間気合い入れて頑張ってきます。


近況報告

ひっさしぶりのブログ。



これをたまーに見てくれている人の中には、もうブログ書くのやめた?と思っている人もいるかもしれない。



いや、やめたわけではないのだよ。



ただ、忙しくて。



っていうのを言い訳に本当にパソコンを開かなくなってしまったわけだ。




でもたまに、「書かないと」と思い出すのだが、家帰ったらビール飲んで速攻寝るってサイクルになってしまって本当に書けなかったのだ。





ではなんでそんな書かなかったのかというと、今月5月から実は職場が急きょ異動になったのだ。




実は今まで、別に隠していたわけではないが敢えて言わなかったが、僕は東京の新宿で働いていた。




けどこの5月からは横浜に異動になったのだ。




けど、ホントいきなり。








ある日仕事していたら、上司の偉い人がきて、





「どう!?仕事慣れた?」




「はい。どうにか一年たち仕事や生活にも慣れてきました。」




「そっか、それはよかった。あそうだ、MOJIくん、







来月から横浜ちょっと行ってきて。」












「はい。
















・・・。

















えっ、異動?!」



















みたいなかんじで、「ちょっとコンビニにでパン買ってきて」くらいかるいかんじにいわれたのだ。









新宿も大変だったが、横浜はもっともっと大変な場所で、最初は憂鬱だったが、徐々に異動の日にちが近付くにつれ「これは大きく成長するためのチャンスなのだ。」と思いはじめやる気満々で新たに再スタートしたわけだ。




異動最初の月、5月は一年でもっとも忙しい月でもあり、ほんとに一週間ずっと2〜3時間睡眠でぶっ倒れそうだった。




まだまだ慣れないことや、分からないことだらけで色々と怒られたりしているが、日々色々なものを吸収して頑張っている。







でもひとつ思ったことが。





以前は住まいはカナガワだが、働いていた場所が大都会シンジュク、トーキョーだったため、トーキョートーキョー言っていたが、これからは住まいはカナガワ、職場もカナガワ。










完璧なカナガワ県民になっちまった・・・。













まぁいいや。とりあえず今日はそんなかんじで久々のブログで近況報告。







ではまた、書きます。


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