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ボランティアに参加して

前回のブログでも書きましたが、7月の後半宮城の石巻にボランティアに行ってきました。



2年前自分が見て走ってきて、少なからずお世話になった東北。


なにかしなきゃとずっと思い、「被災地でボランティア」という単純な頭が考え付いたことだけど、本当に行ってよかったと思いました。




最初僕は単独で現地まで行ってボランティアしようと思ったのですが、実際当てもなく乗りこんでも向こう行ったら逆に迷惑になると思い、色々調べたら、そういったボランティアをしたい!でもどーやってボランティアに参加していいか分からないという人のためにこっちからバスを出したり、そーいった団体が出ていることを知り参加することにしました。



たまたま僕は休みが決まっていたためその中で行って帰ってこれるところを調べたら一つしかなく選ばずある団体に参加させて行くことにしました。


その僕が参加することになった団体とはもともとこっちでボランティアをやっているNPO法人で考え方や、やっていることがしっかりしていて本当にこのボランティア団体に参加してよかったなと思いました。






集合は夜の10時に秋葉原で仕事後僕はダッシュで横浜から向かいました。



集合場所に着くともうほとんど参加するメンバーであろう人たちがいて、皆自分のバッグや持ち物にガムテープに名前書いて貼っていました。


これから一緒にボランティア活動するといえど、まだまだ何も知らない人たち。


ぎこちなさ満開のままバスはいざ石巻に向けて出発しました。



集合したときは夜だったので、バス乗ったら、とにかく明日のために一秒でも早く寝て体力温存してくださいということで、バスの中は真っ暗で横にいる人の顔もまともに見ずみんな静かにとにかく寝ることだけに集中しました。




僕は朝早くから仕事やってきたので、かなり身体は疲れているはずなのにボランティア初体験と言う緊張や興奮ですぐに寝付くことが出来ず夜の高速道路の流れる景色をずっと見てました。




朝方現地に入る前の最後の休憩地点となる道の駅上品の郷につき各自眠い目をこすりながら必要な水や食料を買い出しました。


この道の駅は通常の道の駅の施設はもちろん温泉や隣にコンビニもあるため、道の駅を散々見てきた僕としてはなかなかいい道の駅だったと思います。


そして僕は買い物が終わりバスに戻りもう一度眠ることにしました。




それから何分くらいバスは走ったのでしょう。



あるときふっと目が覚め、何気なく僕は外を見ました。





そしたら景色が一変してました。




テレビで報道されている景色が目の前に広がっていました。





このボランティアに参加するとき、ボランティアの手引きみたいなものをもらい、その中に心得というのもあり、「報道されている通りもしくはそれ以上に現地は深刻であり、みなさまの想像を超えることになるかもしれません。スタッフを含め私たち参加者全員が少なかれ精神的なショックを受けることになるでしょう。」と書いてありました。




まさにそのとおりでした。



テレビでみたことある映像だけれども、実際に自分の目で見る被災地は悲惨でリアルでした。





津波で一面がさら地になり、家の基礎だけが残り、運よく家が残ってもぐっしゃぐしゃ。
ぶっ壊れた橋や、無残に潰れた小学校と破壊的な町並みは想像を絶してました。





さっきまで皆寝ていたのに、気付けば全員起きていて、東京ではありえない景色に全員言葉を失っていました。





なんていうか本当に目に映るすべてのものが衝撃的でショックでした。

















そして僕らが活動する場所につき、まず一番最初にやったことは、津波がもしきたときのための避難の場所の確認でした。


もうこないとは限らない。


つい僕が出発する数日前も震度5〜6クラスの余震が立て続けに起きてました。



もしかしたら、僕らが活動中にまた大きな地震、そして津波がくるかもしれない。



その説明を受けて改めて僕は今現地にいるのだとかんじました。










僕らは活動内容は山の裾の沢のまわりのがれきなどを撤去することです。




けどそんな山のほうまで津波は押し寄せていたらしく、がれきや漁具、家の屋根や鉄筋、ましてや木の上にボロボロの自転車が引っ掛かっていたりと信じられないものが次から次へと出てきました。



足元を見ると釘やガラスだらけで、踏み抜き防止の長靴は必ず履いてきてと書いてあった意味が分かりました。




僕だけではなく皆無我夢中でとにかく目の前にある大量のがれきを拾いました。



ようやく慣れた午後3時ごろ、今日の活動の締め作業をしようとしていたとき、いきなり大雨が降り中途半端なかたちで初日に作業が中止になってしまいました。



泣く泣く僕らはその日の作業を終了し、宿泊地に向かいました。その宿泊地とは実際今でも避難している人がいる今は営業していない避難所の温泉に泊まらせてもらいました。




山の中にあり、津波の被害は受けなかったのですが、営業できる状態ではなく、今はそーやって受け入れをしているみたいなのです。



その日の夜は今回このボランティアに参加した人たちと色々話、とても有意義な夜になりました。







作業二日目は色々あり僕ら数人昨日の沢ではなく個人宅の手伝いをさせてもらうことになりました。


ものすごい立派な家でどーやら、おばーちゃん一人で住んでいて、どーしても2階からものを取ってきてきてほしいということでした。



実はそのおばーちゃんは今は避難所暮らしで、3月11日以来恐くて一度も2階に上がっていないそうです。



そんなとこに僕らが入っていいのかと聞いたのだが「お願いします」ということなので、家のなかに入らせてもらいました。


実際外から見るその家の風景も衝撃的なのですが、中も被惨でした。


2階の壁にちょうど僕の背よりちょっと上くらいの高さのとこに不自然な線がはいっていて、実はそこまで津波で埋まってしまったらしいです。



だからその部屋は子供部屋だったと思うのですが、子供机や2段ベッドや畳などがぐっしゃぐっしゃになっていました。


多分プール状態になってしまったんだと思います。




衣装ケースをどかすと、中から海水がでてきたりと、本当にその「当時」のままでした。









その日も無我夢中でやっていましたが、あっと言う間に終了時間。




本当に不完全燃焼でした。



手引きにも書いてあったし、皆でも話したのですが、みんな「もっとやりたい」という気持ちでいっぱいでした。






でもそれが危険らしいのです。





正直たった数日で復興なんてできるはずもないのです。




人間きりがいいとこまで作業したくなりますが、数日しかいないボランティア活動にそうそうきりがいいところなんてないのです。



でも終わらせなければいけない。




でもどう終わらせるか!?




ボランティアで熱くなった気持ちを、今回参加したメンバーで話あったり、または帰って家族や友人などにこの状況を話したりとクールダウンさせることが大事なんだと思います。









「もう潰しちゃうから全然構わない」というので、最後にその家の写真を撮らせてもらいました。


気さくなおばあちゃんでとても被害にあったとは思えなかったです。



でもやはり余震には怯えているらしく、作業中もいきなり、「あっ、地震!!」と言ってきました。


ボランティアのスタッフも言っていたのですが、地震がくるときは山が「ゴゴゴ・・・」となるらしーのです。


でも結局それは地震ではなく、ただの車の音でした。


ここに書くと「なんだそれ」という話ですが、実際車の音ひとつで、地震と勘違いして身構えてしまう毎日をあれからずっと続けている。



本当に僕らには想像を絶する、恐怖と、不安、そしてストレスがあるのだと感じました。







最後僕は二日目はやらなかったですが、他のみんなはずっとやっていたあの初日活動した沢を見ました。




でもその沢はくる前とは明らかに変わっていて、たった二日ですがものすごく綺麗になっていてビックリしました。





僕らはこのボランティアの第7期メンバーだったのですが、その数日後に第8期メンバーがまた出発したみたいで、僕らの続きから作業を開始したみたいです。





一日ではすべて綺麗にはならない。けれどこの繰り返しでいつかは元の状態に戻る。



そう思うと僕らが活動した数日でも無駄じゃないんだなと思いました。





最後にボランティアスタッフのリーダーの人が言っていたのですが、震災直後は本当にもっとひどかったらしいです。



信じられないですが今はまだよくなったそうみたいなのです。




そのリーダーがいわく一番感動したのが、僕らがやった沢ではないのですが、最初に綺麗にした沢があり、そこにこのあいだ何処からともなくホタルが数匹飛んでいるのを見つけたそうです。



これには皆泣きそうなくらい感動したと言っていました。












このボランティアのことブログで書こう書こう思っていたのですが、なかなか忙しくて気付けば1ヶ月以上くらい経ってしまいました。






なんていうか、今回このブログはそのボランティアの流れを書いただけです。



いつもみたく自分の気持ちを書いたりとかはあえてあまり書きませんでした。



ではなぜ書かなかったというと、正直書けませんでした。



なんて書いていいか分からない。それくらい衝撃的でした。







1ヶ月くらい経ってようやく落ち着いてきましたが、正直被災地を生で見たあの衝撃はなかなか忘れることはできません。




いや、忘れてはいけないことなのでしょう。





こっちにいるともうあの地震は過去の話になっている気がします。






話やニュースも少しずつ減ってきています。






やっていることといえば節電くらい。







ただその節電もなんのためにやっているか、忘れられているような気がします。






けれどまだまだ向こうは、今こうしているときにでも戦っています。





忘れられない、いや、忘れてはいけない。




今回本当にボランティアのに参加してよかったです。
















コメント
ボランティアお疲れ様でした。
間もなく半年、冬支度までが勝負なのかもしれませんね。
  • tama
  • 2011/09/04 1:28 AM
Tamaさん>

ありがとうございます。
そうですね。僕が行ったときは暑かったのですが、あっという間に寒くなってしまいますよね。快適な季節の春、秋は短いですからね。
  • moji
  • 2011/09/04 6:54 PM
お疲れ様です!
なんでも小さいことが積み重なって大きなものになるんだと思います。でも、mojiさんのやったことは決して小さいことではないと思います。
私は現地に行って何かするとかは気が小さくてとても耐えきれないと思いますが、ここにいてできる何かをやり続けていきたいと思います。自分の何かが形になるのは見れないかもしれないけど、誰かのためになってると信じて、大きなものになることを信じて、いきたいと思いました!
  • ちぃこ
  • 2011/09/04 8:42 PM
ちぃこさん>

その通りだと思います。
現地に行って瓦礫を拾うだけが支援ではないですからね。

今自分が無理をせずやれること。

それを続けていく。

それが大事ですよね。
  • moji
  • 2011/09/05 7:34 PM
初めまして。
日本一周から秘かに拝見してました。
瓦礫撤去ってボランティアだけじゃなくて、年単位で住み込みの仕事でやってるのもあるって聞いたことあるんですが、実際どうなんですかね?
この大震災は規模が余りにも大きすぎて、ボランティアだけでは全然足りないんじゃないのかな?
  • よっしー
  • 2011/09/07 4:25 PM
よっしーさん>

日本一周リアルタイムで読んでくれてたのですか?おぉーありがとうございます。嬉しいです。

どーなんでしょう。住み込みとかは聞かなかったのですが、でもとにかく聞いたのは人手が足りないみたいです。

私が行った場所も石巻の端のほうなので全然まだまだでした。

阪神大震災ときはボランティアのモラルが問われましたが、今は以前比べればよくなってるらしいですし、私が参加した団体は旅行会社が企画したボランティアツアーとかではないので、考えや行動がしっかりしてて、またこの団体に参加したいと思いました。

しかし、ボランティアも徐々に数が減っているみたいです。

機会があればまた行きたいのですが。

  • moji
  • 2011/09/07 5:26 PM
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