たまには真面目な話を

こんばんは。どうも僕です。










あ、でも昼見る人もいるので一応、







こんにちは。どうも僕です。



あ、でも朝見る人もいるかもしれないので一応、











おはようございます。どうも僕です。













あ、でも仕事終わりに見る人もいるかもしれないので一応、















お疲れ様です。どうも僕です。














あっ、でもたまたま誕生日の日に見る人もいるかもしれないので一応、






















ってもういいって!?
















さてさて、そんなこんなで徐々に気温は下がり涼しくなり、ようやく夏の終わりを感じ始めた今日この頃いかがお過ごしですか!?





僕は毎日仕事を頑張り、今でも毎日怒られている日々です。よし、泣こう!!










しかし、今日はそんな仕事の話とかはする気ないので、この間電車であった話を。















先日の夜僕は中央線に乗って新宿駅から東京駅を目指していた。




時間帯がよかったのか、たまたまなのか中央線によく乗らないから分からないが、けっこう空いていて席にすわることができたのだ。




車内は仕事帰りのサラリーマンや、学生、主婦や子供たちと色々な人が乗っていた。




そんななかたまたま僕が座った席の斜め前に、誰かが置いて行った(ってか捨てていったジュースの空き缶が)落ちていた。




たまにみかけるこの光景。




僕は電車に缶を捨てていける人の心が理解できない。




なぜ平気であんなでかい(大きさの問題ではないが)ゴミを置いていくことが出来るのか!?






いつも電車に捨ててある缶を見たときそんなことを思っていた。












そして電車はゆっくりと動きだしたと同時にその缶も予想通り、糸の切れた凧状態に車内を転がり始めた。




みんなそれに気付き自分のとこに転がってきたら、避ける人、足で軽く蹴飛ばして自分の元から離す人、と皆怪訝そうな顔つきで缶の対処をしていた。









多分心の中で皆「こっち来るな!!」と願っているに違いないだろう。









そしてその缶がついに僕のほうにもやってきた。









僕も皆と同じく「あーやだな・・・」と思った。









その瞬間電車が揺れ、缶が急に方向を変え僕の目の前に座っているおじさんの足元に転がっていった。






その光景を見ていた人は皆、「あのおじさん可愛そう」、とか「次はこっちにけるなよ。」と思っていたに違いない。













僕も「あっ、よかった。」と思ってしまった。










しかしそのおじさんは皆の予想を覆す行動にでた。











なんと、足で蹴っ飛ばすどころか、手を差し伸べてそのジュースの空き缶を拾いあげたのだ。










そのおじさんの横に座っている(多分会社の同僚だと思われる)人にもその行動驚かれて「汚いから置いとけよ!!お前のじゃないだろ!!」と言われていた。












しかしおじさんは恥ずかしそうな笑顔で一言だけ言った。
















「いやいやぁ、ゴミ箱捨てるだけだからぁ。」




















僕はそのおじさんの行動にとても衝撃を受けた。


























その車内にいた多分皆が心の中にあったこと。もちろん僕もそうだった。












「自分の飲んでたやつじゃないし。」






「なぜ自分が捨てなきゃいけないの。」






「電車に缶落ちてても気にしないし。」













それに「誰」かが片づけてくれるものだと勝手に思っている。













その「誰」かとは、字の如くあくまでも他人。








「僕」ではなく「誰」か。














しかもその誰かとは、仕事で働いている「駅員さん」を勝手にイメージしていた。









いつかは駅員さんが拾ってくれると。










てかそれ以前に拾おうが、拾わないか関係ない。電車降りたら忘れちゃう。


















だけどその「誰」かが、まさか目の前に座っている僕と同じ立場の乗客のおじさんだったのだ。















僕やみんなと同じ立場だ。









決してその空き缶はおじさんが捨てたやつじゃない。











知らない「誰」かが、電車で飲み終わったあと、「誰」かが捨てるだろうと自分が捨てるのめんどくさいという都合のいい考えで捨てていった空き缶。








その缶をおじさんは嫌な気持ちや、めんどくさそうな表情とか一切せず、まるで当たり前かのように拾い上げて、そこらじゅうを転がって、残り汁とかが軽く付着した汚い缶を両手で握りしめて、普通に横に座っている同僚と話始めた。








そのおじさんは決して偽善なんかで拾ったわけではない。




本当に物腰柔らかい、とても優しいおじさんだというのは見ためからしてすぐ分かる。

















僕はとても胸が痛くなった。











僕はよく電車に座っているとき目の前に立っている、じーちゃんばーちゃんがいたらよく席を譲ってあげることが多い。










別に偽善でやっているわけではない。











逆にやったことあるひとなら分かると思うが、あの「どーぞよかったら、座ってください」って言うセリフ意外と緊張するし、恥ずかしいものだ。









たまにまだそんな歳じゃないと断る人もいるし、日本人らしくいいとこだが「いやいやいやぁ。」と遠慮して座らない人もいる。











だからすんなりすっと座ってくれればいいが、なかなか座ってくれないので、車内の注目を浴びてしまうのだ。












そんな知らない人の注目を浴びることほど嫌なことはない僕だから、何度も言うが偽善でやっているわけではない。









僕だって正直言うと目の前にじーちゃんばーちゃん立ってほしくないと思うときがある。










別に優先席座っているわけじゃないから、譲らなくてもいいわけだ。








だけどなんていうか・・・やっぱり目の前にいたらオチオチと座ってられないのである・・・。
























だけど僕はその缶を拾い上げたおじさんを見て思った。













席を譲ったりする行為は偽善ではないと言ったが、もしかしたら偽善なのかもしれない。








対ヒトだから「席を譲る」という行為をしたが、対モノだったら「缶を拾おう」という行為はまったくしようとは思わなかった。








そんなことは思ってはいなかったが、心の奥底で「感謝されたい」という心の狭い気持ちがあったのかもしれない。










缶を拾っても誰に「ありがとう」を言われるわけではない。





























僕は偽善の心を持っていたのかもしれない。





























おじさんは僕と同じ東京駅で降りて真っ直ぐに駅のホームにあるゴミ箱に歩いていった。














そしてそのさっきまでゴロゴロと転がっていた缶をポイッと捨て、何事もなかったかのように歩いていった。










足が悪いみたいで右足を引きずりながら、改札がある階段のほうに歩いていった。















僕はおじさんに話しかけたくなった。







だけど、なんて声をかけていいかわからなかった。







まさか「偉いですね」と言えるわけない。







そんなまったく偉くもない僕が偉そうに言える台詞では絶対ない。









謝りたい気持ちもあった。





だけどいきなり見ず知らずの男に謝られてもおじさん困ってしまうだろう。











そんなことを思いながら結局おじさんを人混みの中に見失い、話しかけることが出来なった。








僕には話しかける勇気がなかった。























いや、話かける勇気がないのではなく、僕にはおじさんを正面向かって見ることが出来なかったのだと思う。












だけど僕はずっといなくなったおじさんの背中を探していた。



























僕は思った。



















電車に缶を捨てていった人が悪いのか。























はたまたその缶を自分のではないと見て見ぬふりをしている人が悪いのか。
























色々なことを、とても考えさせられた夜だった。








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